アーキビストの倫理綱領を掲載します。
この文言はICA大会において発表されたもので、日本語訳文は全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)国際交流委員会発行の『ICA北京大会・総会会議資料抄録』に掲載されたものです。
この倫理綱領について第13回ICA大会は「世界規模の議論を活気づけ、その理念を根づかせるよう奨励する」旨の勧告をしています。また、訳者(紹介者)である小川千代子さん(全史料協国際交流委員会副委員長)も、前掲書における同綱領の解説を「是非とも(日本でのアーキビスト)論議の対象に加え、日本のアーキビスト制度の展望に、新たな広がりを期待したい」と締めくくっておられます。
(細井 守)
【アーキビストの倫理綱領】
はじめに 01. アーキビストの倫理綱領は、文書館学専門領域の行動に質の高い基準を設 けようとするものである。 この倫理綱領は、新たにこの領域のメンバーとなる人には基準を教示し、 また経験を積んだアーキビストにはその専門領域の責任について注意を喚起 し、一般人に対してはその領域への信頼を浸透させようとするものである。 02. この倫理綱領においてアーキビストとは、文書館史料の制御、整備、貯蔵、 保存及び管理にかかわるあらゆる事柄に関わる者をいう。 03. 所属機関及び文書館当局は、本倫理綱領の実施を可能とすべき方針や実務 を採択することが推奨される。 04. この倫理綱領は、この専門領域の構成員に倫理上の指針を与えようとする ものであり、特定の諸問題を特に解決しようとするものではない。 05. 主文には全て解説が付されている。倫理綱領は主文と解説とで構成される ものとする。 06. 綱領は、文書館機関や専門家団体がこれを実施したいという希望によって 構成されている。これは、教育的努力の形式、及び疑義ある場合の指針の提 供や、倫理にもとる行動に関する検討、並びに適切と考えられる場合には制 裁の適用のための機構の創設に用いる。 倫理綱領 1.アーキビストは、文書館資料の完全性を保護し、それにより資料が過去の 証明として信頼できるものであり続けることを保障しなければならない。 アーキビストの第一義的な義務とは、アーキビストが管轄し、その収 蔵にかかる記録について、現状をそのままに維持管理することである。 この義務の遂行にあたり、アーキビストは、雇用者、所蔵者、データ件 名、並びに過去・現在・未来の利用者のいずれについても、時には相反 することもある権利と利益の正当性を考慮しなければならない。アーキ ビストの客観性と不偏不当性はアーキビストの専門性の尺度である。ア ーキビストは、事実を隠ぺいしたり歪めたりしようと証拠を操作するい かなる情報源からの圧力にも屈してはならない。 2.アーキビストは文書館資料を歴史的、法的、管理運営的な観点からみて評 価、選別、維持管理を行い、それにより出所の原則、資料の原秩序の保存と 証明を残さねばならない。 アーキビストは常識的な理念と実務にしたがって行動しなければなら ない。アーキビストはアーカイブズの理念にしたがって、電子記録やマ ルチメディア記録を含め、現用及び半現用記録の作成、維持管理及び処 分、文書館へ移管する記録の選別と受け入れ、アーキビストが管轄する 資料の保安、保存及び修復、並びにそれら資料の整理、記述、出版を含 む利用提供について考慮しつつ、その義務と機能を行わなければならな い。アーキビストは所属する文書館機関が運営上求める要件、及び受入 れ方針について完全な知識を持った上で、これを勘案しつつ記録の評価 を行うべきである。アーキビストは文書館の理念と承認された標準に従 い、できる限り速やかに、保存のために選別した記録の整理と記述をす べきである。アーキビストは所属機関の目的及び財源に沿って記録を受 け入れるべきである。アーキビストは、記録の現状維持や保安の危機を 冒してまで、あえて記録の受入れを模索・承諾すべきではない。アーキ ビストは、これら記録の最も適切な保存場所での保存を確保するため、 相互協力すべきである。アーキビストは、戦時下や占領下に持ち去られ た公的資料を、本来の発生国の返還するため、協力すべきである。 3.アーキビストは、資料が文書館で処理、保存及び利用に付される間、損な われることがないよう保護しなければならない。 アーキビストは電子記録やマルチメディア記録を含め、評価、整理及 び記述、修復、利用などの文書館業務のために、記録の資料価値が損な われることがないよう万全を期するべきである。標本抽出は、必ず注意 深く考案された手法と基準にしたがって行うべきである。原本を別のフ ォーマットで代替する場合は、その記録の法的価値、評価額、情報価値 についての検討を必ず行うべきである。閲覧制限のある書類を一時的に ファイルから外す場合は、利用者に対してこの事実を周知すべきである。 4.アーキビストは文書館資料が継続的に利用され、理解されるように努めね ばならない。 アーキビストは、資料を作成並びに収集した人物又は機関の活動につ いての、必須の証拠を守り、かつ研究動向の変化を念頭におきつつ、そ の資料を保存するか廃棄するかの選別を行わねばならない。アーキビス トは、出所が疑わしい資料の取得に当たっては、それがいかに興味深い 内容のものであれ、不正な商取引に関与する可能性があることを念頭に 置かねばならない。アーキビストは、かけがえのない記録を盗んだ容疑 者の逮捕・起訴のためには、他機関のアーキビストや法務当局や警察な どと協力すべきである。 5.アーキビストは、自らが文書館資料に対して施した行動を記録し、それが 正当であることを証明しなければならない。 アーキビストは、資料のライフサイクル全体を通じた良好な記録の管 理実務を主唱し、新しいフォーマット及び新たな情報管理実務への取組 みについて記録作成者と協力しなければならない。アーキビストは、現 存する記録の取得と受入れのみならず、価値ある記録の保存に適切な手 続を、情報や記録が発生する時点からはじまる現用情報及び保存システ ムと合体させることについても、注意を払う必要がある。文書作成部局 の職員や記録の所蔵者との交渉に当たるアーキビストは、次の各項目に ついて該当する場合は、これを十分に考慮した上で公正な決定を模索し なければならない:移管、寄贈、売却の当事者;財政取決め及び利益; 処理の計画;著作権と閲覧条件。アーキビストは、資料の取得、修復及 びあらゆる文書館にかかわる業務について記した永久記録を保管しなけ ればならない。 6.アーキビストは文書館資料に対する最大限の利用可能性を促進し、すべて の利用者に対して公平な業務を行わなければならない。 アーキビストは、管轄するすべての記録について、総合目録と、必要 なら個別目録の両方を作成すべきである。アーキビストは、あらゆる方 面に対して、公正な助言を行い、バランスのとれる範囲でサービス提供 を行うために、利用できる資源を採用すべきである。アーキビストは、 所属機関の方針、所蔵資料の保存、関係法令への配慮、個人の権利、寄 贈者との覚書などを勘案した上で、所蔵資料に関する常識的な質問には すべからく、丁寧に、親切心を持って応答し、資料を可能な限り利用す るよう、奨励すべきである。アーキビストは、資料を利用する可能性の ある人々に対し、非公開の事由を適切に説明し、だれに対しても平等な 対応をしなければならない。また、アーキビストは、正当な理由なく閲 覧利用が非公開とされている資料を減らすよう、つとめるべきであり、 また資料の受入れに当たっては、明確な期限のある非公開である旨を記 した、受入れ承諾書を受け取ることを提案することができよう。アーキ ビストは、資料受入れ時に作成したすべての覚書を、誠実かつ公正な目 で観察し、アクセスの自由化の利益のためには、状況の変化に沿って閲 覧条件の再交渉を行うべきである。 7.アーキビストは、公開とプライバシーの両方を尊重し、関連法令の範囲内 で行動しなければならない。 アーキビストは、法人及び個人のプライバシー並びに国家安全に関す ることでは、情報を損なうことなくこれを保護するよう注意を払うべき である。とりわけ、電子記録の場合は、更新や削除が簡単に行えるので、 十分な注意を払わねばならない。アーキビストは、記録の作成者又は記 録の対象となった個人、とりわけ資料の利用又は処分について声を上げ ることが出来ない個人のプライバシーを尊重しなければならない。 8.アーキビストは、一般的な利益において与えられた特別な信頼を用い、自 らに与えられた地位を利用して、不公正に自らあるいは他者に利益をもたら すことを避けなければならない。 アーキビストは、専門的な完全性、客観性及び公正性を損ないかねな い活動を慎まねばならない。機関、利用者及び同僚を傷つけて、財政的 その他個人的な利益を得てはならない。アーキビストは、自らの責任エ リアに属する原本資料を個人的に収集すべきではなく、また資料の商取 引に関与すべきではない。アーキビストは公衆に利益の衝突を印象づけ かねない行動を避けなければならない。アーキビストが所属機関の所蔵 資料を用いて個人研究や著作発表を行う場合、その資料を利用できる条 件や範囲は、一般利用者と同じでなければならない。アーキビストは、 業務の中で得た非公開の所蔵資料にかかわる情報を、漏らしたり利用し てはならない。アーキビストは、アーキビストが雇用されている専門的 及び管理運営上の義務の適切な遂行を妨害するような、アーキビストの 個人的な研究や著作発表の関心を、許容してはならない。所属機関の資 料を利用する場合、研究者に対しまずアーキビストがその知識を用いた い旨を通知してからでなければ、アーキビストはその研究者による未発 表の知識を用いてはならない。アーキビストは、所属機関の資料に立脚 して書かれたその分野の他者の著作のレビューやコメントは、してもよ い。アーキビストは、専門外の人々が文書館の実務や責任についての調 停を行うことを許容してはならない。 9.アーキビストは、文書館学に関する知識を体系的・継続的に更新すること により専門領域についての熟練を追求し、その研究と経験の結果を実際に還 元するよう努めなければならない。 アーキビストはその専門的理解と熟練をさらに広げ、専門的知識を有 する団体に貢献し、アーキビストが管轄する研修や活動が適正な方法で アーキビストの使命を遂行するために用いられるよう、努めなければな らない。 10.アーキビストは、同一あるいはその他の専門領域の構成員と協力して、世 界の記録遺産の保存と利用を促進しなければならない。 アーキビストは、文書館の標準と倫理への信念を強めつつ、専門分野 の同僚間での協力を高め、紛争を避ける方法を模索しなければならない。